顧客管理表を、一人の記憶に戻さない作り方
顧客の一覧表はある。ただ、最後に更新したのは半年前で、空欄も多い。担当者に聞けば「あの会社は今こうなっている」と即答が返ってくる。つまり、会社の情報ではなく、その人の記憶が実際の管理台帳になっています。
この状態が困るのは、担当者が休んだときや辞めたときだけではありません。社長が「今どこを追っているのか」を確認したいとき、毎回誰かに聞かないと分からない。フォローの抜けも、表からは見つけられません。
ここで扱うのは、ツールを入れ替える前にできる整理です。項目を決め、更新のきっかけを業務に埋め、誰が見られるかを決める。この3つで、表は記録から次の連絡が出てくる道具に変わります。
管理表が使われなくなる3つの理由
項目が多すぎる
作った時点では丁寧でも、30列ある表は誰も埋めません。埋まらない列が増えると、表全体が信用されなくなり、結局担当者へ聞くことになります。
更新するきっかけがない
「気づいたら更新する」は、誰も更新しないという意味です。見積を出した、納品した、連絡が来た。業務のどの瞬間に手を入れるかを決めていないと、更新は後回しになります。
誰の作業か決まっていない
営業も事務も「相手が入れているはず」と思っている状態です。1行ごとに担当を置くか、入力する人を決めるかを先に決めます。
最小の項目から始める
まず7列に絞ります。足りない項目は、運用してから足します。
| 列 | 入れる内容 | 空欄のときの扱い |
|---|---|---|
| 会社名 | 正式名称。支店や工場が分かれるなら分けて1行 | ー |
| 窓口 | 部署、役職、連絡先。担当交代があれば日付つきで更新 | 名刺かメール履歴から補う |
| 最終接点 | 最後に話した日、方法、内容の要点 | 分からなければ「不明」と書き、推測を書かない |
| 状態 | 取引中、保留、失注、休眠、未接触のいずれか | 判断できないなら「要確認」 |
| 次の行動 | 誰が、何を、いつまでに | 空欄なら、その行はフォロー対象外だと分かる |
| 自社担当 | 社内で誰が見ているか | 決まっていない行を洗い出す |
| 備考 | 相手の事情、注意点、社内で共有すべきこと | 感想ではなく事実を書く |
「次の行動」と「期日」が入っていない行は、実質的に追いかけていない相手です。この2列が埋まっているかどうかで、表が生きているか分かります。
売上や取引金額の列は、必要になってから足します。最初から入れると、更新の手間が増えて全体が止まります。
表を2つに分ける
1枚の表に会社の情報と案件の進捗を混ぜると、どちらも更新されなくなります。
| 表 | 入れるもの | 更新の頻度 |
|---|---|---|
| 顧客台帳 | 会社、窓口、所在地、取引の有無、注意点 | 変化があったときだけ |
| 案件の進捗 | 案件名、金額の目安、状態、次の行動、期日、担当 | 動きがあるたび |
顧客台帳はめったに変わりません。案件の進捗は毎週動きます。分けておくと、更新の負担が案件側に集中し、台帳の方は安定します。
案件のメモや商談内容をどこまで書くかは、営業日報や活動メモを、次の連絡に変えるにはと技術営業を属人化させない顧客・案件メモの作り方にまとめています。
更新のきっかけを業務に埋める
「毎日更新する」ではなく、既にやっている作業に紐づけます。
| 業務の場面 | 更新する列 |
|---|---|
| 見積を出した | 状態、次の行動、期日 |
| 納品・工事が終わった | 最終接点、次の行動(フォロー時期) |
| 相手から連絡が来た | 最終接点、窓口、備考 |
| 担当者が代わった | 窓口、備考、日付 |
| 月1回の営業会議 | 次の行動が空欄の行を確認 |
月1回、次の行動が空欄の行だけを見る時間を15分取ります。全件を見直そうとすると続きません。
誰が見られて、どこに置くか
顧客情報には、窓口の氏名、連絡先、取引条件など、外へ出すと問題になる情報が入ります。共有する範囲を決めずに全社共有フォルダへ置くと、退職時や端末紛失時に説明できなくなります。
IPAの「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」は、経営者編と実践編で構成され、付録に「5分でできる!情報セキュリティ自社診断」や資産管理台帳のサンプルが用意されています。まず自社診断で現状を確認するところから始められます。
決めておくことは4つです。
| 決めること | 最小限の決め方 |
|---|---|
| 置き場所 | 個人PCのデスクトップに置かない。共有の場所を1か所に決める |
| 見られる人 | 全社共有か、営業と管理者のみか。編集できる人はさらに絞る |
| 持ち出し | USBやメール添付での持ち出しの可否。可とするなら条件を決める |
| バックアップ | どこへ、どの頻度で。復元を一度試す |
個人情報を含む顧客情報は、個人情報保護法上の安全管理措置の対象になります。取扱いのルールは、個人情報保護委員会のガイドラインを確認して決めてください。
ツールを変えるかどうか
Excelやスプレッドシートで足りるうちは、無理に入れ替えません。次のような状態が続いてから検討します。
- 同じ表を複数人が同時に編集し、上書きが起きている
- ファイルが複数のフォルダに散らばり、どれが最新か分からない
- 案件数が増え、履歴の検索に時間がかかる
- 外出先から更新できず、記録が後回しになっている
ツールを変えても、項目と更新のきっかけが決まっていなければ同じ状態になります。順番としては、項目を決める、更新の場面を決める、それでも運用が回らなければツールを見直す、です。
社長や特定の人に情報が集まっている状態そのものを整理したい場合は、社長しか分からない仕事を、引き継げる形にするにはが近い入口です。担当交代が決まっている場合は、製造業の営業引き継ぎチェックリストで渡す情報を確認できます。
よくある失敗
全件を一度に埋めようとする
過去の全顧客を埋める作業は途中で止まります。直近1年に接点があった相手から埋めます。
感想を書く
「感触は悪くない」「たぶん来年」は、他の人が読んでも動けません。相手が言ったこと、決まったこと、未確認のことを分けて書きます。
更新した人が損をする
丁寧に書いた人だけ作業が増える状態だと続きません。入力する項目を減らし、会議でその表を使うことで、書いた人が説明を省ける形にします。
誰でも編集できる状態のまま増やす
行が増えるほど、誤削除や上書きが起きます。編集できる人を絞り、変更履歴が残る形にします。
よくある質問
顧客が数百社あります。どこから手をつけますか
直近1年で接点があった相手だけを抜き出します。残りは「休眠」としてまとめ、休眠顧客への再連絡を、押し売りにしない始め方の手順で必要な相手だけ戻します。
担当者が自分の手帳で管理しています
手帳をやめさせる前に、表を見る場面を作ります。営業会議でその表を画面に出し、手帳を見なくても話が進む状態を作ると、記録先が移ります。
何人で使う想定にすればよいですか
まず営業に関わる人と、社長・管理者が見られれば十分です。全社共有にすると、書ける内容が限られます。
過去の履歴はどこまで残しますか
顧客台帳には最新の状態だけを置き、履歴は案件側かメール・日報に残します。台帳が長くなるほど読まれなくなります。
まず1シート、20社から
今日から始めるなら、直近1年で接点があった20社だけを新しいシートへ書き出します。7列を埋め、「次の行動」が空欄の行を数えます。その数が、いま追えていない相手の数です。
参考資料
- 中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン(IPA) — 経営者編・実践編の構成、情報セキュリティ5か条にバックアップを加えた6か条、「5分でできる!情報セキュリティ自社診断」や資産管理台帳サンプルなどの付録を確認しました。
- 個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)(個人情報保護委員会) — 個人データの安全管理措置に関する考え方を参照しました。
- 顧客リストは企業の宝!顧客リスト活用の基本(中小機構 ここからアプリ) — 顧客情報、購入履歴、対応履歴をひとまとめにして活用する考え方を確認しました。
自社の情報の取扱いルールを決めるときは、契約上の守秘義務や個人情報保護法の要件を、公的資料や専門家へ確認してください。
顧客の情報が特定の人の記憶に残ったままなら、直近1年の20社から、項目の決め方、更新のきっかけの埋め込み方、見られる範囲の決め方を一緒に整理できます。