取引先へ価格改定を相談する前に、社内でそろえる材料
材料費も、燃料費も、人の給与も上がった。それでも単価は数年前のまま。値上げをお願いしたいけれど、長い付き合いの相手ほど切り出しにくく、次の見積もそのままの金額で出してしまう。
価格改定の相談は、頭を下げてお願いする場面ではなく、いまの取引条件が実態と合っているかを確認する場面です。相手に判断してもらうには、こちらの事情を訴える前に、何がいくら変わったのかを相手が社内で説明できる形にする必要があります。
ここで扱うのは、相談を切り出す前に社内でそろえる材料と、どの取引先から、どんな順番で話すかの決め方です。交渉術ではなく、手元の伝票と原価から材料を作る手順を並べます。
「値上げのお願い」から入ると、話が止まりやすい
「厳しいので上げさせてください」だけでは、相手の担当者は社内で説明できません。担当者が上司へ持っていくとき、必要になるのは次の3つです。
- 何が、いつから、どのくらい変わったのか
- その変化のうち、どこまでを価格へ反映したいのか
- 上げた場合と据え置いた場合で、取引がどうなるのか
この3つが埋まっていない相談は、相手にとって「先延ばしにしても困らない話」になります。逆に、数字と時期が入っていれば、相手は自分の言葉で社内へ持っていけます。
中小企業庁の価格交渉ハンドブックでも、商談に先立って交渉内容を記した書面を用意することが有効とされ、書面として明確化された申し入れは、取引先の担当者が社内部署へ対応の打診を行いやすくなると説明されています。
相談前にそろえる5つの材料
| 材料 | 具体的に用意するもの | 用意できないときの代わり |
|---|---|---|
| コストの変化 | 主要な材料、外注、燃料、運賃の単価推移。いつから、いくらから、いくらへ | 直近12か月の仕入伝票を並べ、上位5品目だけ拾う |
| 自社の原価 | 対象の製品・サービス1単位あたりの材料費、労務費、経費 | 代表的な1品目だけ計算し、他は同じ考え方で後から広げる |
| 現在の単価 | いつ決めた価格か、その後の改定履歴、値引きの有無 | 過去の見積・注文書から決定時期を特定する |
| 取引条件の変化 | 数量、納期、検品、保管、小口配送、仕様変更など、価格を決めたときから増えた作業 | 現場担当者へ「昔と比べて増えた手間」を3つ聞く |
| 自社の付加価値 | 相手がこの取引で評価している点。品質、納期対応、対応の速さ、対応範囲 | 直近の依頼理由や褒められた点を営業メモから拾う |
価格交渉ハンドブックでは、原材料費や労務費のデータを定期的に収集しておくこと、製品・サービス単位で原価を把握しておくこと、自社の特徴をふまえた見積書のひな型を持っておくことが、準備として挙げられています。
増えた作業を洗い出すときは、現場が把握している条件が手がかりになります。設備や加工の案件なら、製造業の技術営業が、現場・現地調査で集めたい情報で挙げた確認項目が、そのまま「昔と変わった条件」の候補になります。これから受ける新規案件の条件を先に固めたい場合は、見積依頼が来たあと、提案前に聞いておきたいことが近い入口です。
付加価値の欄が埋まらない場合は、相談の前に確認することがあります。価格しか見られていない取引では、価格の話だけを持っていっても進みにくいためです。同ハンドブックは、2025年版中小企業白書が挙げる差別化要素として、コミュニケーション、高い品質、希少価値、柔軟な納期対応、豊富な品揃えを紹介しています。自社が何で選ばれているかを、取引先ごとに書き分けます。
どの取引先から話すか
全社へ同時に文書を送ると、社内の対応が追いつかず、返答が来た相手から順に個別対応になります。順番を決めてから動きます。
| 見るもの | 先に話す相手 | 後に回す相手 |
|---|---|---|
| 業界・地域での位置 | 値決めの基準になっている会社 | その動きを見てから決める会社 |
| 価格改定の時期 | 定番の入替時期や年度更新が近い相手 | 直前に改定したばかりの相手 |
| 取引条件の変化 | 数量や仕様が変わったのに単価が同じ相手 | 条件がほぼ変わっていない相手 |
| 収益への影響 | 赤字または利益率が極端に低い取引 | 影響が小さい取引 |
価格交渉ハンドブックでは、交渉先の訪問順・商談順として、まず業界や地域のプライスリーダーから始めることが有効と説明されています。相手が「他社の動きを見てから」と答える場面を減らすためです。製造業については、販売中の商品は価格を据え置きつつオプション等で実質的に値上げする例が少なくないため、発注側のモデルチェンジのタイミングや、受注側からの改訂提案を伴う交渉が想定されるとも書かれています。業種によって、待つべき時期と提案の出し方が変わります。
業界団体が策定している自主行動計画も、交渉材料の一つとして使えます。令和8年1月時点で34業種92団体が策定しており、自社の業界団体に該当する計画があるかを先に確認します。
申し入れは書面で残す
口頭だけで伝えると、相手の社内で内容が変わって伝わります。A4で1枚あれば十分です。
| 記載する項目 | 書く内容 |
|---|---|
| 対象 | どの製品・サービス、どの取引の価格か |
| 現行価格と決定時期 | いつ決めた価格か |
| 変わったこと | コスト、数量、仕様、作業範囲の変化を時期つきで |
| 希望する価格 | 改定後の単価または改定率、適用希望時期 |
| 根拠 | 参照した公表データ、自社の原価計算の考え方 |
| 相談したいこと | 価格以外の条件(発注ロット、納期、仕様)も含めて何を話したいか |
価格交渉ハンドブックは、発注側から価格を提示されるのを待たず、公表資料などを用いて希望する価格を自ら提示することをポイントとして挙げています。先に相手の金額が出てしまうと、それ以上の額を求めることが難しくなるためです。あわせて、自社の労務費だけでなく、発注先やその先の取引先における労務費も考慮するよう促しています。
最初の一通
次は仮の文面です。実際には取引の内容、これまでのやり取り、契約条件に合わせて調整してください。
いつもお世話になっております。取引条件のご相談で連絡しました。
貴社へ納品している◯◯について、現在の単価は20XX年◯月に決めたものです。その後、主要材料の仕入単価と配送費が上昇し、あわせて検品と小口配送の作業も増えています。変化の内訳は別紙にまとめました。
つきましては、◯月出荷分から単価を◯円へ改定させていただきたく、一度お時間をいただけないでしょうか。数量や納期のまとめ方でご相談できる部分もありますので、価格だけでなく、条件全体で調整できればと考えています。
ご都合のよい日程を2つほどお知らせいただけますと助かります。
謝罪から始めない、値上げ幅と時期を明記する、価格以外の条件も相談対象にする。この3点だけ守れば、相手は社内で話を進めやすくなります。
申し入れの後、相手から「社内で検討します」と返ってきたまま止まることもあります。その場合は、提案が相手の社内で止まるとき、渡しておく材料で、担当者が上司へ説明するときに足りない情報を確認できます。
2026年1月から、下請法は取適法になった
制度の前提も確認しておきます。2025年に成立した改正法により、2026年1月1日から「下請代金支払遅延等防止法」は「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」へ変わり、通称も「下請法」から「取適法」になりました。用語も、下請事業者は中小受託事業者、親事業者は委託事業者へ変わっています。
受注側にとって関係が深いのは、次の点です。
- 「協議に応じない一方的な代金決定」が禁止行為に追加された。中小受託事業者から価格協議の求めがあったにもかかわらず、協議に応じない、必要な説明を行わないなど、一方的に代金を決めることが禁止される
- 適用基準に従業員基準(300人、100人)が追加され、対象が広がった
- 対象取引に特定運送委託が追加された
- 手形払等が禁止された
ただし、取適法の対象になるかどうかは、取引の内容と、資本金基準または従業員基準の組み合わせで決まります。すべての企業間取引が対象になるわけではありません。自社の取引が対象か、相手の対応が違反にあたるかの判断は、公正取引委員会や中小企業庁の資料と相談窓口で確認してください。
制度は、相談を持ちかける後押しにはなりますが、相手を追い込む材料として持ち出すと関係が悪くなります。まずは自社の材料をそろえ、通常の取引条件の相談として進めるのが現実的です。
よくある失敗
全取引先へ同じ改定率で一斉に送る
原価構成も取引条件も相手ごとに違います。一律の率で送ると、条件が厳しい相手ほど説明できず、結局個別対応になります。
「上げてもらえないなら取引をやめる」から入る
最初から結論を置くと、相手も社内で調整する余地を失います。まず協議の場を作り、条件全体で調整できる部分を探します。
相談の記録を残さない
いつ、誰へ、何を申し入れ、どう回答されたかを残していないと、次の交渉で同じ説明を繰り返します。申し入れ文書と回答は取引先ごとに保管します。
現場の手間を数字にしないまま話す
小口配送、急な仕様変更、検品追加などは、金額に見えにくい負担です。回数と時間を記録しておくと、価格の話に乗せられます。
よくある質問
長い付き合いの相手ほど言い出しにくいです
付き合いが長い取引ほど、価格を決めた時期が古く、条件が変わっている可能性があります。「関係を壊す相談」ではなく「決めた時期が古い条件の見直し」として、時期と変化を先に示します。
相手から「他社は上げていない」と言われました
自社の原価と作業範囲が根拠になります。他社比較の話に入る前に、この取引でいま何が起きているかへ戻します。業界団体の自主行動計画や公表データがあれば、あわせて示します。
断られたら、そこで終わりですか
回答内容と理由を記録し、次に相談する時期の目安を決めます。相手の年度計画や定番入替の時期を聞けていれば、次の機会を待つ判断もできます。
国や自治体との契約でも相談できますか
価格交渉ハンドブックでは、国や自治体との契約についても、契約後の物価高騰等により契約変更が必要な場合は協議を行うことができ、国や自治体は誠実に協議に応じることとされている、と説明されています。詳しい手続きは契約書と発注元の窓口で確認してください。
まず1社分、1枚にする
今日から始めるなら、利益率がいちばん低い取引を1つ選びます。現在の単価とその決定時期、コストの変化、増えた作業、希望する価格を1枚にまとめます。1枚できると、他の取引先には同じ型を使い回せます。
参考資料
- 中小企業・小規模事業者の価格交渉ハンドブック(中小企業庁) — 交渉前に準備するツール、交渉順の考え方、書面での申し入れ、希望価格の提示について確認しました(初版令和4年3月、最終改定令和8年1月)。
- 取適法リーフレット(公正取引委員会・中小企業庁) — 2026年1月1日施行の法律名・用語の変更、適用対象の拡大、協議に応じない一方的な代金決定の禁止、手形払等の禁止を確認しました。
- 価格交渉促進月間の実施とフォローアップ調査結果(中小企業庁) — 毎年9月と3月に価格交渉促進月間が設定されていることを確認しました。
- 適正取引支援サイト(中小企業庁) — 価格交渉・価格転嫁の取組事例や講習会の案内を参照しました。
この記事は法令の解説や個別の取引に関する助言ではありません。取適法の適用可否や契約内容の判断は、公正取引委員会・中小企業庁の資料および相談窓口、または専門家へ確認してください。
価格を据え置いたまま数年たっている取引があるなら、利益率の低い1社から、原価と単価の並べ方、申し入れ文書の書き方、話す順番の決め方を一緒に整理できます。